因果応報~自分で撒いた種は自分で刈り取らねば成らない~

忙殺weekのライヴレポートの続きの前に、自分へ戒めを。
以前このブログで書いたことがあります、「“忙しい”という字は心をなくすと書きます」と。
またまた私は、心をなくしてました・・・まったく進歩が無いですね・・・
このブログを書いた頃、私はある問題を抱えてました。
どうにかしなきゃいけないのはわかってました。
でも、また忙しくなったり、勇気が無かったり、糸口が見つからなかったり、そうしてずっと先延ばしにしてきました。
自分が先延ばしにしたばかりに、多くの人に迷惑をかけたり、大切なもの失ったりしました。
数時間前、ある人がそれを気づかせてくれました。
きっとその人にとっても、言いにくいことだったと思います。
その人は私が自分の力で乗り越える事、ずっと待ってくれていたようでした。
でも、事態は悪化するばかりだったので、見るに見かねて・・・。
目の前の生活をなんとかしていかないといけないから、今は、、、なんてタダの仁希の言い訳。
「自分で撒いた種は自分で刈り取らねば成らない」
そう、自分で刈り取らないといけない、、、刈り取ることになるんだ。
自分で刈り取らなきゃいけないなら、大きくなって手におえなくなる前に、
刈り取ってしまった方がいいんだ・・・きっと。
それにこの言葉には“因果応報”という意味合いも含まれる。
良い種を撒けば、良い実りとなる。
欲望や妬み、誰かに苦しみを与えるなどという悪い種を撒けば、自分にも同じことが起こる、同じ苦しみを受ける。
そんなことわかってても、裏腹なことをしてしまう・・・そんな自分に腹を立てたり、嫌いになったり。
まず、責任持って、刈り取っていこう、、、
そして、良い種を撒くことができるように・・・

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